「吾唯足知」な日々


【吾唯足知】とは…『自らを高めるための弛まぬ努力を続けることは大事なこと、そして志半ばでも自らを振り返って成したことに対し満足するゆとりの心を持つことも大事なこと』…と自己解釈。
本来の意味では…『足ることを知る者は貧しいといえども富めり、足ることを知らない者は富めりといえども貧し』…という仏教の真髄かつ茶道の精神を表現した言葉。

ポツポツと綴る、福井在住・Takeuchiによる日常の「ひとりごと」(画像・座右の銘&Blogタイトル由来の龍安寺「知足の蹲踞」)
by Takeuchi
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最も奥三河の最も小さな村と秘境駅2つ・後編
前編は、後編のプロローグに過ぎません。
ひたすら天竜川沿いのr1を走ってきて、いよいよ彼の地へ近づいてきました。

【天竜川に架かる吊橋・鷹巣橋を渡ると、ナビに設定した目的地はもう目の前】
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【福井→滋賀→岐阜→愛知→岐阜→愛知→岐阜→愛知→岐阜→愛知→長野→愛知と経て、鷹巣橋を渡った天竜川左岸は6県目の静岡県浜松市天竜区です!】
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【名古屋を出て4時間、遂にJR飯田線・大嵐駅に到着しました!!】
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【大嵐駅は旧・富山村(以下・富山村)の玄関口、現在の駅舎は富山村が資金を出して東京駅を模して建てられました。時計のそばには、大きなスズメバチの巣が…(ハチの巣は後で撮ったもの)】
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【定礎に刻まれているように、待合室は富山村民のための休憩所「みんなの休む処」となっています。とても好感を持てるほど清掃が行き届いているところに、『大事なところ』を感じさせます】
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この待合室には「駅ノート」がありました。
訪れたみなさん、たくさんの「思いの丈」を綴っていましたね。
地元でない限り、中々ここまで来ることはありませんから、その気持ちはよ~く分かります。

【駅入口から、ホームまで。水窪(豊橋)方面を向くと、飯田線最長の大原トンネル(5063m)が見えます】
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【そしてこちらは、小和田(辰野)方面。トンネルとトンネルの間の狭いところに駅があるので、切換ポイントがトンネル内に食い込んでいます】
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【「愛知県富山村」の玄関口らしく、巨大なガイドマップも設置されています。駅は「静岡県水窪町」(旧)ですけどね】
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【駅駐車場から見た、鷹巣橋の美しい姿】
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【大原トンネルの横の道は、佐久間ダムが完成する前の旧・飯田線が通っていた廃線跡を道路にしたr288】
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【この石積みは、旧線時代の旧大嵐駅ホームの跡】
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【むか~し昔のデリカとハイエース?が、草ヒロになって放置されていました】
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【対岸に、富山村の集落(川上)が見えました】
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【r288の栃ヶ岳隧道(手前)と夏焼隧道(奥)は、もちろん廃線となった鉄道トンネルの転用。もうこれ以上は行かずに、戻りました】
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【鷹巣橋まで歩いて、天竜川の上流・下流を望んでみる。r1で見た天竜川とは違い、川の水は灰色(おそらく、上流でダム湖の底を掘削しているため、だったかな?)】
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【下流を見ると、旧・大嵐駅のほうへ延びる階段跡を発見。集落がダムに沈む前は、この階段を昇り降りして駅に向かっていたのでしょうか…】
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【さて、r1に戻って、元「日本一小さな村富山村へ向かいます】
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【富山村最初の集落・川上です】
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【川上を過ぎると、谷向かいに富山村中心部が見えてきました】
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【富山村のメインストリート?】
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【「ミニ村」「ふるさと とみやま」のモニュメント】
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【村唯一の商店を通り過ぎ、先を進むと、有名な交通教育のための「村唯一の信号」である大谷下信号】
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【あっという間に、村の外れまで来てしまいました…】
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本当は、このまま佐久間・豊橋方面まで進んで行きたいと思う自分がいました。
ただ、今回はこの後の予定がギリギリなので計画した時点で断念、Uターンです。
いずれ、今度は豊橋からJR飯田線沿いを飯田まで通しで走ってみたいですね。

【r1を北進した時に見えた、富山村の家々】
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【新城市消防本部東栄分署冨山駐在所です】
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【村唯一の喫茶店コーヒーショップ 栃の木が営業していました。これで昼食の心配がなくなり、ひと安心】
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【駐車場からの天竜川の眺めも、良いですね。地元の方々や私のような他地域からのお客で、それなりに駐車場は車で埋まっていました】
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【私が注文したのは、おすすめ表示されていた「鳥からあげ定食コーヒーセット(900円)」。食事は昼2時までとのこと】
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鳥からあげ定食ですが、私が注文した後におすすめ表示が下げられました。
どうやら品切れらしいですが、数少ないのは仕方がないですね。
後から来たお客は、別のおすすめメニューを注文していました。
『栃の木』は村の憩いの場らしく、近所の親子連れやら子供が賑やかでしたね。
名古屋を出てから、ほとんど運転しているか立っているかだったので、いい休憩時間になりました。

『栃の木』のある界隈は、富山村の「官庁街」。
せっかくなので、ちょっとだけ歩いてみました。

【駐車場の隣にある、設楽警察署富山駐在所です】
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【駐在所と棟続きの建物で隣にある、冨山健保診療所です】
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【診療所の隣で旧冨山村役場である、豊根村役場冨山支所です】
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【豊根村役場冨山支所の斜め道向かいにある、冨山郵便局です】
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ちなみに、富山村の郵便配達は地勢上、隣の静岡県浜松市天竜区にある郵便事業天竜支店水窪集配センターがしています(郵便番号も豊橋地域の「44×」ではなく、浜松地域の「43×」ベースの「431-4121」)。
水窪駅から配達員が飯田線に乗ってきて、大嵐駅から赤バイクで配達しているのです。

【駐在所の道向かいにある、観音堂です。この土地を治めていた熊谷家代々の守護として、十一面観音菩薩が祀られています。500年の歴史があり、この御堂も210年前の建物】
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【そして、再び「コーヒーショップ 栃の木」です】
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【再び、大嵐駅に向かいます。2度目の静岡県入りです】
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【実は、1区間を往復します!119系電車の天竜峡行きに乗り込みます】
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【先頭車の運転席後には、「荷物室」スペースが設けられていました】
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【上りの特急「伊那路」が、大嵐駅を通過して行きました。直後にこちらも出発!】
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【行き先は、隣の小和田駅。車掌から往復の乗車券を買いましたが、往路分はあらかじめ回収されました】
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ちなみに、国有化される前の私鉄・三信鉄道時代、この大嵐駅~小和田駅間は最後の未開通区間であり(開通は72年前)、開通するまでは天竜川の船便で連絡していたそうです。

【秘境駅ベスト3に入る、小和田駅へ3年3ヶ月ぶりに降り立ちました。通算4回目の訪問です。今回の滞在時間は、これまでの訪問で最短の約20分】
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【駅舎側から順番(南から北)に、「恋成就駅 小和田」・現在の駅名票・「三県境界駅」】
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「恋成就」は、16年前の慶事が由来です。
駅名票の「浜松市天竜区」のシールが一部剥がされて「磐田郡水窪町」が一部露出…。
そして、「三県境界」といっても、この駅に県境が横たわっている訳ではありません(静岡・長野県境は、次のトンネルを抜けた先)。

【天竜川の向こう岸山腹に、来る時に通ったr1のガードレールがチラチラ見えます。富山村に来る途中、あのガードレールのところから電車が入線する小和田駅を見たのです】
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【ホーム最北端から見る天竜川の眺めは、とても素晴らしい(川のカーブの内側先端から稜線にかけてが、愛知・長野県境)】
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【駅舎へとホームを降ります。降りた直後に掲げてあるのが、昔ながらの駅名票】
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【改札口には、かつて臨時列車に掲げてあったヘッドマークが飾られています】
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【駅舎待合室の様子です。滞在時間が少ないので、今回は初めて「駅ノート」の記入を見送りました…】
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【駅入口の様子です。この時代を超えた趣にも惹かれてしまう】
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【旧上り線ホームへの通路は、途切れていました。1年前にレール撤去、棒線駅になってしまいました。ちょっと寂しい…】
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【小和田駅舎全景です】
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【駅南側にあるのは、保線詰所と38年前に廃止された貨物用ホームです。引込み線は、その名残】
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【時間が無い中、一度急いで歩道を降りてみました。写真の説明は割愛!】
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この歩道の先にあるのが、対岸から張っているケーブルで生活物資を運んでいる、たった一軒の民家。
そう、小和田駅の存在理由の第一位は、この民家の最寄り駅なのです。
新聞は郵便配達で、富山村同様に飯田線に乗って歩いて来ます(以前の訪問で配達の方とお話したことがあります)。
ただ、この民家の御主人、昨年病気を患ったそうです。
いつまでこの秘境に居を構えているかは、予断を許さないかも知れません。
そりゃあそうだ、車道が無いのだから救急車も来れないところなのだから…。
この民家の老夫婦(2人とも80歳超)と一度会ってお話をしたいのだが、今後チャンスがあるのだろうか?
でも、今回は元々の予定が決まっていて、もう時間が無い…。

【「この先を歩いて行ってみたい!」気持ちを堪えて、最後に小和田駅を見上げた写真を撮って戻りました】
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【帰りの電車の時間が来たため、ホームに上がります。片側ホームの駅になったのが、やっぱり寂しい…。豊橋行きの普通電車は、何と313系電車!!】
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小和田駅から一緒に乗った、お年を召した男性と短い時間ながらお話しました。
佐久間ダム完成で湖の底になるまで、この地で生活していたとのこと。
小和田駅を降りて、あちこち散策して、何を見ても涙が出てくるとおっしゃっていました。
ダムが完成して53年経ちましたが、望郷の念が消えることは絶対に無いのでしょうね。
戦後の復興は、ダムに携わった事業者・工事関係者とともに水没住民の苦労を礎に築かれたのです。
この男性は、大嵐駅の逆隣である水窪駅まで車で来て、飯田線を2区間の利用で小和田駅に来たとのことでした。

【大嵐駅に到着、今度は下りの特急「伊那路」が通過していきました】
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【豊橋行き普通電車を見送って、私も大嵐駅を後にしました】
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【再びr1を、来た道を帰ります】
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帰り道は、ほとんど運転に専念しました。
私の持論では、川沿いの道は上りの景色の方が良いなんですが、今回は涙を呑んで撮影を断念。
いずれ、豊橋~飯田を通しで走る時に撮りたいです。
何故急いだか?天気の具合が悪くなる予報が出ていたからです。
さすがに山奥のr1で雨に降られると、運転が厳しくなることは簡単に予想できますしね。

阿南町までは往路と全く同じルートを走り、阿南町→R151→下條村→r64→阿智村→R153・R256・r89と通り、、、

【園原ICから中央道に入り、直後の神坂PAでトイレ休憩。この頃には小雨が落ちていました】
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この後は無難に、土岐JCT→小牧JCT→東名→名神→一宮JCT→米原JCT→北陸道と経由して帰りました。
途中、一宮辺りからはずっと雨、敦賀では霰で路面が真っ白になっていました…。
もし、R153・R418・R153やr1でそんな天気に急変していたら、、、ゾッとしますね。

この2日間で通った県は、福井→滋賀→岐阜→愛知→岐阜→愛知→岐阜→愛知→岐阜→愛知→長野→愛知→静岡→愛知→静岡→愛知→長野→岐阜→愛知→岐阜→滋賀→福井。
通算だと6県ですが、延べですと22県の大ぶら~りとなりました…。

地図でいつも「一度訪れたい!」と思い続けてきた、富山村。
とても不便なところに位置していますが、しかしとても幸せそうな村に見えました。
今は都会のみならず、私が住んでいる農村でも情報化社会であり自動車社会であります。
何でもかんでも「早く知ること」と「早く動くこと」が優先される世の中ですが、一方でそれが万人ストレス社会の原因にもなっています。
そんな中で、ほとんどそんなこととは無縁に近いこの「元・日本一小さな村」。
振り回され生き急ぐだけが人生ではないことを、改めて感じさせられました。
「スローライフ」の一例を垣間見た気がして、それが即ち幸せそうな村に見えたのです。
もちろん、だからといって「田舎暮らしをしよう!」というつもりはありませんけどね。
自分を一度立ち止まって振り返るために訪れるには、とても良い場所だと思います。

改めて、こんなぶら~りのキッカケをつくっていただいたごしゅりんさん、ありがとうです!
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by chiketa_net | 2009-02-11 23:55 | 私の車でぶら~り
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