「吾唯足知」な日々


【吾唯足知】とは…『自らを高めるための弛まぬ努力を続けることは大事なこと、そして志半ばでも自らを振り返って成したことに対し満足するゆとりの心を持つことも大事なこと』…と自己解釈。
本来の意味では…『足ることを知る者は貧しいといえども富めり、足ることを知らない者は富めりといえども貧し』…という仏教の真髄かつ茶道の精神を表現した言葉。

ポツポツと綴る、福井在住・Takeuchiによる日常の「ひとりごと」(画像・座右の銘&Blogタイトル由来の龍安寺「知足の蹲踞」)
by Takeuchi
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福井忠霊場
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残暑お見舞い申し上げます。
完全に、お盆モードに入りました。
ご多分に漏れず、お墓参りツアーの一日になりました。
写真は、足羽山にある「福井忠霊場」。
太平洋戦争において、戦地で散り果てた英霊が眠っているところで、私の祖父もここにいます。




世間は、自由民主党総裁選と「富田メモ」を絡めて、この時期の話題「靖国神社参拝」ネタのオンパレードです。
ましてや、今年は首相が終戦記念日の参拝宣言をしているだけに、大注目となっています。
A級戦犯の分祀をどうこう話題になっていますが、私がふたつ思うことがある。
①盲目的に戦争を扇動した為政者の遺族と、1銭5厘の赤紙で召集されて戦地に散った兵隊の遺族が、同じ「日本遺族会」に入っていることが解せない。
②誰かが何をやったかは、遅かれ早かれの差はあれど「後の世」が評価するものであるが、国を破滅寸前に導いた連中を「神」として祀る神経は永遠に分からない。
あくまでも日本は「敗戦国」、東京裁判は国内法の裁判ではないからと、多くの人を死に至らしめた戦争責任者A級戦犯を「神」にする靖国神社の神経を疑う。
まして、合祀した宮司は福井藩主の子孫というのが、福井県民としては残念至極でならない。
このままでは「本当の」英霊たちが浮かばれない状況だけは、間違いない。
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by chiketa_net | 2006-08-13 19:30 | 福井県
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