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「吾唯足知」な日々


【吾唯足知】とは…『自らを高めるための弛まぬ努力を続けることは大事なこと、そして志半ばでも自らを振り返って成したことに対し満足するゆとりの心を持つことも大事なこと』…と自己解釈。
本来の意味では…『足ることを知る者は貧しいといえども富めり、足ることを知らない者は富めりといえども貧し』…という仏教の真髄かつ茶道の精神を表現した言葉。

ポツポツと綴る、福井在住・Takeuchiによる日常の「ひとりごと」(画像・座右の銘&Blogタイトル由来の龍安寺「知足の蹲踞」)
by Takeuchi
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晩秋の木ノ芽峠
おかげさまで、私のHPの開設から今日で4年となりました。
記念に何か更新をするつもりでしたが、最近の雨続きの天候でネタ作りができず。
せめてトップページの写真を変えるために、紅葉映える今庄へ撮影に行きました。

今回トップ写真を撮ったのは、木ノ芽峠のすぐ近くでした。
平安時代初期・天長7(西暦830)年から官道として制定されている、標高628mに位置する旧北陸道の難関。
福井県北部と南部を表す「嶺北・嶺南」の嶺は、この地を指します。
紀貫之・紫式部・親鸞・木曽義仲・源義経・道元・新田義貞・足利尊氏・蓮如・朝倉義景・織田信長・豊臣秀吉・松尾芭蕉・武田耕雲斎・明治天皇・岩倉具視…、たくさんの歴史上の人物が、この峠を越えていきました。
この峠には由緒ある峠茶屋(茶屋といっても営業しているのではない)が今でも建っていますので、久しぶりに足を延ばしてみました。

【今庄365スキー場下から・木ノ芽峠は中央のゲレンデの上の上】
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峠の近くを通る林道でトップ写真を撮影し、峠直下のところでプジョーを駐車して、旧北陸道へ連絡する山道を登って行きました。
放し飼いの犬が吼えながら近づいてビビっていると、林道で作業していたオヤジが叫んだ。
オ「犬に気をつけろ!」
私「噛みませんよね?」
オ「それはあんたの心がけ次第だ!」
おいおい、そりゃないだろと思いつつ、内心ビビリながらもついてくる犬を意識的に無視して、先に進んで行きました。

【旧北陸道から眼下を望む・紅葉真っ盛りの山々が壮観】
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【山の中、峠茶屋が見えてきました】
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【石畳を上がり切ったところが、木ノ芽峠と峠茶屋】
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【今登って来た、今庄側の旧北陸道】
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【こちらは敦賀側の旧北陸道・写っているのはもう敦賀市です】
d0079440_17204535.jpg

峠をうろうろしていると、下で話したオヤジが軽トラックで上がってきた。
そう、このぶっきらぼうなオヤジが峠茶屋に住んでいる前川家御当主でした…。
ツンデレな感じながらも、わざわざ茶屋の中に入って持ってきた名刺をいただき、色々なお話を聞かせてもらいました。

前川家は桓武平氏の流れを汲む血筋で、戦国大名・朝倉氏と戦って敗退、士分を捨てたということ。
若狭に落ち延びて、現若狭町北前川・南前川の地名の由来となったということ。
豊臣秀吉が前川家に陣小屋と茶釜(現存)を与えたのが、この峠の茶屋の始まりだということ。
越前松平家初代・結城秀康公入封時に、秀康公から直々に福井藩の客分という地位を賜り、ここを通行する旅人の休憩所の提供と同時に監視や吟味といった関所の役割と、山中峠~木ノ芽峠~栃ノ木峠稜線警備の役割の任に当たったということ。
秀吉や明治天皇が、この茶屋で休息を取ったということ。
今年はカラスやイノシシが現れてきて迷惑なことが多いということ。
天気が良ければ、最後の写真の右側の木の向こう側には敦賀湾が眼下に見える絶景だということ。
昨年の冬の雪は途轍もなく多く、茶屋がまったく見えなくなるほど積もったということ。
今庄365スキー場が近くにできたのは、とても五月蝿い(雪を削るエッジの音、夜に動く圧雪車の音)ということ。
NTTの「光ケーブル」の工事が来たつい最近まで、軽トラすら峠まで上がる道が無かったということ。
そして、ここに一年中今でも住んでいる(積雪は関係ない!)ということ。

吐く息が白い気温5℃の中、短い時間ながらも貴重な話を聞かせてもらった後、御当主は再び軽トラで降りて行きました。
直後に私も木ノ芽峠を後にしましたが、福井県で最も歴史ロマン溢れる地だと感じた次第。
また来たいと思うのだが、夏は虫で酷いんだろうな~。
by chiketa_net | 2006-11-23 18:00 | 越前若狭の歴史
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